徳川家康
とくがわ いえやす
狸親父海道一の弓取り
徳川家康の能力でいちばん高いのは統率の96。総合は551で、全109人中4位。
能力値
| 能力 | 値 | 109人中 | |
|---|---|---|---|
| 統率 | 96 | 3位 | |
| 武力 | 83 | 38位 | |
| 采配 | 92 | 9位 | |
| 知力 | 91 | 19位 | |
| 政治 | 95 | 5位 | |
| 外交 | 94 | 5位 | |
| 総合 | 551 | 4位 |
派生値(大名のとき)
| 最大兵数 | 21,900人 |
| 移動速度 | 117(標準100) |
| 旋回時間(90°) | 3.9秒 |
| 伏兵枠 | 4箇所 |
| 射程(鉄砲・弓) | 100(標準100) |
戦法
厭離穢土
指揮・全部隊
60秒間、味方全部隊の防御+25%。発動時に味方全部隊の士気+15。
【史実】「厭離穢土欣求浄土」の旗印を用いた。桶狭間の後、大樹寺で自害を思いとどまった逸話と結びつけて語られる。
問い鉄砲
調略・全部隊
調略で寝返りを仕込んでおいた敵部隊をすべて寝返らせ、隣の敵部隊をすぐに攻撃させる。あわせて味方全部隊の士気が上がり、敵全部隊の士気が下がる。
【史実】1600年の関ヶ原の戦いで、小早川秀秋らの寝返りによって西軍が崩れた。動かない小早川の陣に鉄砲を撃ちかけて寝返りを促したという「問い鉄砲」の逸話は、後世の創作とする説が強い。
特性
金扇の大馬印
固有 大将
総大将のとき、味方全部隊の防御+15%。味方全部隊の士気が30未満にならない。
大器晩成
成長
40歳以降の経験値の獲得+100%。50歳を過ぎても武力が衰えない。
野戦名人
名人 戦闘
野戦で自部隊の攻撃・防御+15%。陣形を組み替える時間−30%。敵の側面・背後を突いたときの攻撃+10%。
調略名人
名人 外交
調略(破壊・扇動・流言・不戦・寝返り・引き抜き)の成功率+30%。1季節に調略を2回行える。
看破巧者
巧者 策略
敵の策略を見破る看破率+10%。
沈着
策略
挑発・偽報を受けたときの看破率+30%。
忍び衆
策略
配下の忍びが敵陣を探る。看破率+10%。戦闘前に敵の伏兵の位置を1つ明らかにする。調略のうち破壊・扇動・流言の成功率+15%。
忍耐
その他
敗北や不利な交渉の後でも士気と忠誠が下がらない。寿命+5年。
陣城巧者
巧者 攻城
城・陣城を築く期間が1/2になる。城の包囲中に陣城が完成すると、城兵の士気−5。
決死の山越え
固有 機動
全軍撤退のとき、追撃によるダメージを8割無効にする。複数の敵部隊に囲まれていても抜け出し、戦場から街道一つ分離れたところまで退く。
相性
能力と個性の設定理由
人質時代から天下統一まで耐え抜いた生涯を「忍耐」に、関ヶ原の前の書状工作を「調略名人」に表した。三方ヶ原の大敗を教訓にした慎重さから「沈着」、伊賀者を抱えたことから「忍び衆」。総大将としては全部隊の守りを固める「金扇の大馬印」を持つ。小牧・長久手の戦いで小牧山に陣城を築き、秀吉の大軍と対峙したことから「陣城巧者」。本能寺の変の直後に伊賀の山中を越えて三河へ逃げ帰るなど、最後まで生き延びた生涯を固有特性「決死の山越え」にした。