島津義弘
しまづ よしひろ
鬼島津
島津義弘の能力でいちばん高いのは統率の96。総合は520で、全109人中13位。
能力値
| 能力 | 値 | 109人中 | |
|---|---|---|---|
| 統率 | 96 | 3位 | |
| 武力 | 95 | 6位 | |
| 采配 | 92 | 9位 | |
| 知力 | 85 | 39位 | |
| 政治 | 78 | 51位 | |
| 外交 | 74 | 49位 | |
| 総合 | 520 | 13位 |
派生値(家老のとき)
| 最大兵数 | 14,600人 |
| 移動速度 | 117(標準100) |
| 旋回時間(90°) | 3.9秒 |
| 伏兵枠 | 6箇所 |
| 射程(鉄砲・弓) | 100(標準100) |
戦法
捨て奸(すてがまり)
殿
【全軍撤退時】小部隊を順に置き捨てて敵を足止めしながら、敵の中を正面から突破して撤退する。【交戦中】囲まれたり兵が最大の30%以下に減ったりして追い詰められたとき、寡兵のまま敵部隊の中を突き抜けて敵の背後に出る。突破中は被ダメージ−50%で、後退時の攻撃・防御の低下もない。背後に出た直後の攻撃+30%。突き抜けるとき、通り抜けた敵部隊の兵−10%。
【史実】関ヶ原の戦い(1600年)で、敵中を突破して薩摩へ帰り着いた「島津の退き口」。兵が数百にまで減っても家康本陣の前を突き抜けたとされる。
固有策略
釣り野伏せ
挑発+伏兵 基本値50%
中央の部隊がわざと負けて退き、追ってきた敵を左右の伏兵とともに三方から囲む。囲んだ敵部隊の兵−25%、混乱30秒。
【史実】島津家の得意戦術。木崎原の戦い(1572年)、沖田畷の戦い(1584年)、戸次川の戦い(1586年)などで用いた。
特性
鬼島津
固有 戦闘
接敵した敵部隊の士気−10。劣勢になるほど攻撃が上がる。
野戦名人
名人 戦闘
野戦で自部隊の攻撃・防御+15%。陣形を組み替える時間−30%。敵の側面・背後を突いたときの攻撃+10%。
寡兵奮迅
名人 戦闘
自部隊の兵数が最大兵数の50%以下のとき、攻撃・防御+30%。30%以下になると士気も下がらない。
伏兵名人
名人 策略
伏兵枠+2、伏兵の成功率+20%。看破されても伏兵が逆包囲されない。
鉄壁の殿
名人 機動
交戦中に後退しても、自部隊の攻撃・防御が下がらない。周りの味方部隊の後退時の低下も半分になる。囮として後退すると、追ってきた敵部隊の陣形が崩れる(防御−10%)。
鉄砲巧者
巧者 戦闘
鉄砲隊の射撃威力+10%、射撃間隔−10%。
相性
能力と個性の設定理由
朝鮮の泗川の戦いで大軍を破り「鬼島津」と恐れられた。少ない兵で大軍に勝った戦いが多く、統率96と「寡兵奮迅」。木崎原での伏兵、泗川で敵の動きを読んだ迎撃、関ヶ原で敵中を突破して退く判断から、知力は家久より上の85。豊臣政権の下での薩摩の検地や、朝鮮から連れ帰った陶工による薩摩焼の始まりから政治78。豊臣政権の下で島津家の名代として上方に詰め、豊臣・徳川との交渉にあたったことから外交74(いずれも国元の実権を握った兄の義久には及ばない)。