内藤昌豊
ないとう まさとよ
真の副将
内藤昌豊の能力でいちばん高いのは統率の86。総合は485で、全109人中47位。
能力値
| 能力 | 値 | 109人中 | |
|---|---|---|---|
| 統率 | 86 | 42位 | |
| 武力 | 82 | 44位 | |
| 采配 | 84 | 35位 | |
| 知力 | 78 | 63位 | |
| 政治 | 84 | 37位 | |
| 外交 | 71 | 56位 | |
| 総合 | 485 | 47位 |
派生値(家老のとき)
| 最大兵数 | 13,500人 |
| 移動速度 | 119(標準100) |
| 旋回時間(90°) | 4.3秒 |
| 伏兵枠 | 4箇所 |
| 射程(鉄砲・弓) | 100(標準100) |
戦法
副将の備え
指揮
総大将と同じ戦場にいるとき、総大将の部隊が受ける攻撃−20%、総大将の戦法ゲージの溜まり+20%。
【伝承】『甲陽軍鑑』で、武田の副将にふさわしいのは昌豊だと評されたと伝わる。
特性
籠城巧者
巧者 籠城
籠城時、城の防御+15%。
沈着
策略
挑発・偽報を受けたときの看破率+30%。
兵站
内政
兵糧の輸送速度+50%、遠征時の兵糧消費−20%。
無欲
その他
褒美がなくても忠誠が下がらない。
騎馬巧者
巧者 機動
騎馬隊の突撃威力+10%、移動速度+5%。
相性
能力と個性の設定理由
箕輪城代として西上野を治め、上杉・北条への備えを担ったことから「籠城巧者」と政治84。数々の武功を挙げながら信玄から感状を受けず、「昌豊ほどの者なら当然の働き」とされ、本人も気にかけなかったという逸話から「無欲」。長篠の戦い(1575年)で討死した。武田の騎馬隊を率いて各地を転戦したことから「騎馬巧者」。